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浅間山「天仁噴火」の謎に迫る 御代田で企画展(信濃毎日新聞2008-05-03)

天仁の大噴火で噴出した岩石などを展示している浅間縄文ミュージアムの企画展

御代田町の「浅間縄文ミュージアム」が、有史以来最大といわれる平安時代後期の嘉承3年(1108)(※)に起きた浅間山噴火をテーマにした企画展「浅間山 謎の大噴火」を開いている。発生から900年の節目に当たる事から、当時の被災状況に迫ろうと限られた資料を集めた。期間中、野外学習やフォーラム、講演会なども開く計画で、同館は「火山地域の特性を考える機会になれば」と来館を呼び掛けている。

同館によると、天仁大噴火の資料は、江戸時代天明噴火に比べ極端に少ない。文献では、当時の右大臣藤原宗忠の日記『中右記』「一国の災害でこれほどのものはかつてなく、まれに見る怪奇現象」との意味の記載があるだけという。

この噴火で発生した「追分火砕流」は、現在の御代田町や軽井沢町、群馬県嬬恋村などを覆い、その噴出規模は長崎県の雲仙・普賢岳大火砕流の3倍、天明噴火の2倍に当たるとみられている。

企画展では、噴出した岩石、降り積もった火山灰の厚みが分かる地層、被災状況の想像画、群馬県側で見つかった火山灰で壊滅した水田の一部などを展示。当時の社会状況が窺える「末法思想」の資料も紹介している。

同館主任学芸員の堤隆さんは「不安を煽る打算はないが、火山地域で暮らすにはどうしたらいいのかを、野外学習などを通じ、地域の人たちと一緒に考えてみたい」と話している。8月31日まで。大型連休中は無休。問い合わせは同館へ。

― ◇ ◇ ◇ ―

※厳密に言えば、この浅間山の大噴火は嘉承3年(1108)7月に起こっっていて、翌8月に「天仁」に改元されいるので、年号表記は「嘉承3年」とします。ただ、用語としては「天仁の大噴火」となっているのでそう表記します。



浅間山天仁の大噴火謎に迫る 長野・御代田900周年迎え企画展(読売新聞2008-05-09)

浅間山の活動では有史以来最大である、嘉承3年(1108)の「天仁の大噴火」から今年9月(新暦では)で900周年を迎える事に併せ、長野県御代田町営「浅間縄文ミュージアム」企画展「浅間山 謎の大噴火」が開かれている。

平安時代末期の同年の9月5日(新暦)に起きた噴火で、6億m3という火砕流(追分火砕流)は火口を挟んで南北25kmに達し、80km2を覆った。県内は、今のJR吾妻線万座・鹿沢口駅辺りまで流れた。火山灰は、前橋市で20cm積もった。

噴火による被害の実態はよくわかっていない。長野県側に関する記録は見つかっておらず、群馬県側は、国司朝廷に報告した内容を右大臣が書き残した日記が残り、「噴煙天に達し、砂礫国に満ち、灰燼庭に積もる、国内田畑これによりすでにもって滅亡す」などと記される。

企画展では、(1)右大臣の日記『中右記』(宮内庁所蔵)の複製(2)噴火で埋没した田(嬬恋村)に残る足跡や、復興を示す鍬の跡の石膏型(3)平安時代に埋葬した馬の骨―などが展示される。

8月31日まで。月曜など休館で、8月は無休。大学生以上500円、小中高生300円。問い合わせは浅間縄文ミュージアムへ。

posted by 御堂 at 01:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | 古代
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