| カテゴリ 古代

源融 木像で“里帰り” 塩釜所縁 光源氏のモデル(河北新報2007-11-11)

京都・本覚寺の源融の木像

光源氏のモデルの1人とされ、宮城県塩釜市との所縁が深い源融が12月、約1100年の時を経て、木像として塩釜に“里帰り”する事が決まった。塩釜商工会議所が12月1日に開く「源氏物語と塩釜フォーラム」に合わせ、融像を所有する京都市の本覚寺が、門外不出だった像を貸し出す。

嵯峨天皇の皇子で左大臣も務めたは貞観6年(864)、多賀城が任地の陸奥出羽按察使あぜちに任命された。塩釜にはの屋敷があったとされる融ヶ岡の地名も残る。

は塩釜の風景を愛し、塩釜を模した「河原の院の庭園」を京都に造った。一方で、は実際は赴任しない遥任ようにんで、塩釜を訪れなかったという説も強い。

本覚寺河原の院跡に承久4・貞応元年(1222)建立。その後何度か移転し、現在の所在地は下京区本塩釜町。融像は制作年は不明だが、寺宝として安置されてきた。本覚寺の志水久純住職は「塩釜はの憧れの地で、心の古里に里帰りできるのは喜ばしい」と話している。

京都では、『源氏物語』が世に出て1000年になる平成20年(2008)に合わせ「源氏物語1000年紀」を祝う行事が企画されている。1000年紀実行委員会は塩釜のフォーラム開催の知らせを聞き、「源氏物語絵巻」を手書き友禅で復元した「平成の源氏物語絵巻」の10点を貸し出す事を決めた。

融像と平成の「源氏物語絵巻」は、フォーラムを開くグランドパレス塩釜で12月1日に披露。フォーラム後の2〜4日、塩釜市の雲上寺で一般公開する。

フォーラムでは、山本登朗・関西大学教授が「源氏物語と源融と塩釜」と題して基調講演。パネル討論も行う。入場無料だが事前申し込みが必要。連絡先は塩釜商工会議所へ。

posted by 御堂 at 03:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | 古代
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