| カテゴリ 近現代

セーラー服導入、平安女学院が元祖 大正9年、通説より1年早く(京都新聞2007-10-05)

平安女学院の初代セーラー服。付け替え可能な白い襟が清らかな印象

セーラー服を学校制服として日本で初めて導入したのは、京都市上京区の平安女学院だった事が、岡山県の制服メーカーの調べでわかった。通説だった福岡女学校(現・福岡女学院中高、福岡市)の大正10年(1921)を1年だけ遡る。

明治末期から袴とバックルを統一していた平安女学院が、洋式制服を導入したのは大正9年(1920)。ウエストにベルトが付いた紺色のワンピースで、胸から開いた大きな襟と胸元のリボンが特徴だった。同校が平成12年(2000)に発行した『写真で見る125年史』には、「好評で他校生からも羨望視された」と紹介されている。

「ユニフォームミュージアム」を持つ岡山県の制服メーカー「トンボ」が、大正時代に女子制服を導入していた約15の学校に調査して判明した。

同社によると、セーラー服はイギリス海軍で1857年(安政4)にデザインされ、19世紀末には制服としてヨーロッパ各国の女生徒に広まった。日本では大正10年代(1921〜26)、学校関係者に欧米人がいるミッション系の学校で相次いで採用され、全国に広まった。今でも中学で半数以上、高校でも2割強の学校でセーラー服が着用されているという。

同社ユニフォーム研究室長の佐野勝彦さんは「京都は元々着る物への関心が高かったために、当時最もモダンだったセーラー服を受け入れる素地があったのでは」とみている。

平安女学院は「他校に先駆けたという認識はあったが、日本で初めてとは知らなかった。歴史と伝統を重んじる学院にとって誇りになる」と話している。

同学院は昭和52年(1977)に中高校生の制服をブレザーに一新したが、平成18年(2006)に中学校のみセーラー服を復活させている。

→※(参照)「制服の歴史」(学校法人 平安女学院 本部「平安女学院について」より)
→※(参照)「セーラー服の歴史」(株式会社トンボのホームページ内、ユニフォームミュージアムより)
→※(参照)横浜マリタイムミュージアム企画展「セーラー服と縞のシャツ―その由来と広がり―」



セーラー服の制服、日本初は京都の平安女学院だった(朝日新聞2007-10-06)

平安女学院が大正9年に採用したセーラー服 国内第1号とわかった大正9年当時のセーラー服の複製

セーラー服を学校の制服に日本で初めて採用したのは大正9年(1920)の平安女学院(京都市上京区)と見られる事が、大手制服メーカー「トンボ」(岡山市)の調査でわかった。これまで通説だった福岡女学院(福岡市南区)より1年早い。当時の制服の複製が6日、横浜マリタイムミュージアム(横浜市西区)の企画展で披露された。

同社が社内に設けている「ユニフォームミュージアム」の内容を充実させようと、大正時代に洋装制服を採用した女子校から記念誌などの資料を集めて分析した。

平安女学院は明治8年(1875)の創立当初、袴主体の和装だったが、平安高等女学校時代の大正9年(1920)11月にセーラー服を採用した。胸にリボンがついており、白い襟が目立つ。入学希望者が理由に挙げる程、好評だったという。現在は中学校がセーラー服、高校はブレザーにスカートの制服になっている。

同学院広報担当の吉田健一さんは「体の線が出ず、優しく身を包むようなデザイン。色は紺だと思うが、濃さはわかっていません」と話す。

一方、大正10年(1921)12月に採用し、これまで「日本で最初」とされていた福岡女学院は「私たちは古いものを大事にしていく立場。1番が2番になっても制服への思いは変わらない」としている。

同社ユニフォーム研究室の佐野勝彦室長は「エリート層の中でも進歩的な動きをしていた学校がミッション系だった。体格や見栄えを良くしたいと、洋服を採用したのではないか」と話す。



セーラー服:発祥論争 平安女学院 vs 福岡女学院(毎日新聞2007-10-06)

平安女学院で導入された最初の洋式制服(大正9年頃撮影) 福岡女学院で導入された制服(大正10年撮影)

女子生徒のセーラー服の起源は京都かそれとも福岡か―学校法人「平安女学院」(京都市)が「日本で初めてセーラー服を導入したのは大正9年(1920)の当校だ」と発表し、波紋を広げている。これまでは大正10年(1921)導入の学校法人「福岡女学院」(福岡市)が発祥とされてきた。福岡女学院は「今のスタイルはうちの制服が起源だ」と、一歩も譲らない構えだ。

学生服大手「トンボ」(岡山市)が、制服資料の展示施設をリニューアルするため学校史などを調べたところ、大正9年(1920)に平安女学院がセーラー襟の付いたワンピースの洋服を制服に採用していた事が判明した。平安女学院は「導入時期は学内で知られていたが、日本初だとは確認していなかった」と説明する。

同学院は明治8年(1875)に開校、幼稚園から大学まで運営している。セーラー服採用の詳しい経緯は不明だが、「当時は入学希望の理由となる程好評だった」という。制服はその後ブレザーに変わったが、昨年、中学でセーラー服が復活した。

一方、福岡女学院は明治18年(1885)開校。宣教師の校長が発案し大正6年(1917)からセーラー服導入を検討、同10年(1921)に導入した。スカートにプリーツが入る今の一般的なスタイルに近い形だった。1980年代に「日本初のセーラー服」と報道され、入学パンフレットにも「日本初」と記載されている。女優の牧瀬里穂さんや歌手の広瀬香美さんらが卒業した事でも知られ、平成5年(2003)には玩具大手「タカラ」(現・タカラトミー)が同学院のセーラー服姿の「リカちゃん」のキーホルダーを発売し話題を呼んだ。

少子化で生き残りに凌ぎを削る私学にとって、学校の独自色や伝統は生徒集めの重要な要素となる。平安女学院の広報担当者は「服飾史を覆す新事実だ。これまで伝統を売り込もうという意識が足りなかった」と話し、今後大々的に情報を発信していく考えだ。一方、収まらないのは福岡女学院。「多くの学校がうちの制服を参考にして、セーラー服を導入してきた。入学パンフの記載を変えるつもりはない」と広報担当者は強気だ。

トンボの佐野勝彦・ユニフォーム研究室長は「日本で初めて『洋服』を制服に採用したのは平安女学院。でも、今のセーラー服のデザインは、福岡女学院の当時の制服から出発している。どちらが『最初のセーラー服』と言っても間違いではないのでは…」と、双方の顔を立てようと必死だ。



日本最古のセーラー服、京都の平安女学院で復元・披露(読売新聞2007-10-27)

平安女学院が復元した日本初のセーラー服(中央の2人) 20071027yo-2.JPG

中高一貫校の平安女学院(京都市上京区)が大正時代日本で初めて制服に採用したセーラー服を復元、生徒らが27日、同校で開かれたオープンスクール(学校説明会)で披露した。

同校のセーラー服導入は大正9年(1920)11月。従来、第1号とされていた福岡女学院(福岡市、同10年=1921=導入)より早かった事が、制服メーカー「トンボ」(岡山市)の調査で確認された。

説明会では、初代セーラー服姿の生徒ら2人が登場。紺のワンピースに大きな襟と胸元のリボンは当時、志望動機になる程の人気だったといい、入学を志望する小学6年生の女の子は「テレビで見た昔の女学生そのもの。私も着たい」と目を輝かせていた。

posted by 御堂 at 23:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | 近現代
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