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「被爆電車」で演劇 東京の劇団、車掌など務めた女学生描く(産経新聞2007-07-06)

平和を訴える劇の舞台となる被爆電車

62年前の夏、原爆に被爆しながら今も現役で走り続ける広島市の路面電車「被爆電車」の車内で今月末、当時の実話を基にした演劇の幕が開く。路面電車の車掌や運転士を務めた女学生たちの姿を描いた「桃の実」。東京都内の劇団により昨年都内で上演されたが、元女学生たちが広島での再演を熱望。鉄道会社も協力した。元女学生たちは「劇を通じて平和がどんなに有り難いものか伝えて欲しい」と願う。

◇「平和の大切さ訴える」

劇団は「モケレンベンベ・プロジェクト」(東京都荒川区)。走行中の路面電車を舞台にした演劇活動を行っている。物語の主人公は、広島電鉄(広島市中区)が戦時中に開設していた全寮制の家政学校で授業を受けながら、労働力不足を補うため広電の車掌や運転士を務めた女学生たち原爆で家族や仲間を失いながらも、被爆から3日目に運行を再開させ、市民らに希望を与えた姿を描いた。

物語のモデルの1人で、脚本作りに協力した広島市安佐北区の末盛愛子さんはあの朝、早朝の車掌勤務を終えて爆心地から約2km離れた広電本社前で被爆した。建物の陰にいたため無事だったが、多くの同級生が犠牲になった。

「避難場所へ向かう途中、水を求めて彷徨う人々や焼け焦げた死体、燃え上がる建物など想像を絶する光景が広がっていた。まるで地獄絵図のようで、今でも脳裏から離れません」

空腹に耐えながら、負傷者の治療や遺体の処理など、絶望的な作業にあたる中で、近くの住民から桃を貰った。

「口に含んだ時の瑞々しさ、美味しさは忘れられない。桃に生きる勇気を与えられた」

劇団の脚本家、及川均さんが記録や元女学生らへ取材して脚本にまとめ、昨夏に都電荒川線の車内で上演。被爆者らの評判を呼び「是非広島でも」との要望が相次いだ。電車を借り切っての上演となるため広電と交渉し、現在も運行している被爆電車2両のうちの1両での上演が決まった。

及川さんは「桃が、生きる事の象徴のように感じられた。東京の人間が演じて受け容れられるのかという不安もあったが、実際の被爆電車の中で演じる事で、より平和の大切さを訴える事ができるはずです」。

末盛さんは「被爆電車の中で原爆の演劇を見るのは楽しみな半面、当時の事を思い出し、辛くなるので複雑な心境です。でも、核の惨劇が風化して欲しくないし、劇を通じて平和がどんなに有り難いものか伝えてもらえれば」と話す。

広島での上演は28、29日。他に東京の都電荒川線で8、21、22日の3日間、長崎市の長崎電気軌道で15、16日に上演される。予約制で、問い合わせは及川さんへ。



長崎の路面電車内で熱演 広島の被爆劇「桃の実」(長崎新聞2007-07-16)

被爆劇を鑑賞する和田さん(左から3人目)。被爆当時、学徒動員され路面電車の運行に携わった

広島に原爆が投下された時、路面電車に乗務していた女学生の姿を描く演劇「桃の実」の公演が15日、長崎電気軌道(長崎市)の貸し切り路面電車内であり、核兵器廃絶を目指す高校生1万人署名活動実行委のメンバーや市民らが、熱心に鑑賞した。

東京の演劇集団MOKELE MBM MBMモケレンベンベ PROJECTプロジェクトが核兵器廃絶と平和を願い、被爆地長崎で初公演した。蛍茶屋電停を発着、同市内を走る約1時間の車内で、学業と勤労を兼務した女学生の姿を力一杯演じた。同日は午前と午後の2回上演、計約60人が鑑賞した。

原作は『チンチン電車と女学生―1945年8月6日・ヒロシマ』(堀川惠子・小笠原信之共著)。昨年、東京の都電荒川線の車内で初演した。

長崎原爆の投下時、学徒動員で長崎市内の路面電車運行に従事していた被爆者の和田耕一さん=同市江里町=は、「あの時を思い出し、涙を抑えきれなかった」と感動。今年の高校生平和大使の草野昂志郎さん=県立長崎西高2年=は「当時、同世代にあった人の事をしっかりと受け止め、多くの人に伝えたい」と話した。

同公演は16日午前11時と午後3時、蛍茶屋電停発着の電車内でも開催。問い合わせは藤沢さんへ。



原爆:広島の被爆女学生の悲劇…長崎の路面電車で上演(毎日新聞2007-07-16)

広島電鉄で働いた女学生の悲劇を路面電車の車内で演じる出演者

長崎市で15日 広島市を走る路面電車で戦時中、学徒動員されて運転士や車掌として働き、被爆した女学生の悲劇を、実際に路面電車の車内で演じる劇「桃の実」が15日、長崎市の路面電車、長崎電気軌道の車両を貸し切って上演された。被爆地での上演は初めて。16日も長崎市で2回、28、29日には広島市でも上演される。

徴兵された男性社員に代わって、路面電車を運行するために急遽設立された「広島電鉄家政女学校」での実話を記した『チンチン電車と女学生』(日本評論社)が原作。東京の演劇ユニット「モケレンベンベ・プロジェクト」の及川均さん、藤沢弥生さんが感銘を受け、約1時間の演劇として構成・脚色。昨年、東京の都電で上演した。

長崎市の初演では、市内を走る車両を貸し切り、長崎の高校生が署名を集め、国連欧州本部に届ける「高校生1万人署名活動」のメンバーや被爆者約30人が乗客として観劇。5人の役者が、人手不足のため女学生が運転士まで務め、被爆3日後の昭和20年(1945)8月9日には運行を再開した事、男性社員が復員して家政女学校は僅か2年半で廃校になった事などを表情豊かに演じた。好演に感動して涙汲む生徒もいた。

長崎日大高1年の松永瑠衣子さんは「同年代の女の子が悲惨な目に遭っていたのがショックだった。戦争はしてはいけないと思った」。長崎電気軌道OBの被爆者、和田耕一さんは「私も62年前は学徒動員で運転士をしていた。リアルに再現され、涙を必死でこらえた」と感無量の面持ちだった。

及川さんは「被爆地でも通用するか心配だったので、良かった。これからも皆さんの思いを代弁したい」と話していた。



被爆電車で原爆劇を熱演(中国新聞2007-07-29)

広島市内を走る被爆電車内で上演された原爆劇「桃の実」


第二次大戦末期、広島市内で電車を動かした女学生の青春を描く演劇「桃の実」が28日、市内を走る被爆電車内で上演された。広島電鉄(中区)が設けた旧家政女学校で学んでいた14、15歳の少女の記憶が、62年の時を超えて乗客たちに伝わった。被爆電車での上演は初めて。東京の演劇集団「モケレンベンベ・プロジェクト」が企画した。貸し切りにした被爆電車に、同校の元生徒8人を含む観客約40人が乗車した。



“被爆電車”で熱演、女学生運転士らの奮闘劇…広島(読売新聞2007-07-29)

被爆電車で原爆投下直後の様子を演じる「モケレンベンベ・プロジェクト」のメンバー

戦時中、徴兵された広島電鉄の男性社員に代わって路面電車に運転士や車掌として乗務した女学生の姿を描いた劇「桃の実」が28日、原爆の放射線を浴びながら、今も現役で広島市内を走る同電鉄の“被爆電車”で初めて上演された。

演じたのは東京の演劇グループ「モケレンベンベ・プロジェクト」の5人。原爆が投下された3日後から、電車を走らせた女学生の逞しい姿を描いている。昨年7月に東京で初演。今月、広島と同じ被爆地・長崎でも演じた。

物語のモデルになった元女学生ら約40人が鑑賞。同電鉄本社前で、被爆した広島市安佐北区の末盛愛子さんは「当時の様子がよく再現され、負傷者を看護した事を思い出した。戦争が起こらない平和な世界になって欲しい」と願った。



公演:「平和訴え続けて」 被爆電車で「桃の実」上演−−広島 /広島(毎日新聞2007-07-29)

被爆後、今も広島市内を走る路面電車で28日、学徒動員運転士や車掌として働いていた女学生らの青春や被爆時の惨状を描いた劇「桃の実」が上演された。当時の実話を基にしており、東京公演に続き、長崎の路面電車でも演じられたが、実際の被爆電車内での公演は初めて。

徴兵された男性社員の代わりに戦中に開校した「広島電鉄家政女学校」に通っていた女学生を描いた『チンチン電車と女学生』(堀川恵子・小笠原信之著)が原作。東京の演劇ユニット「モケレンベンベ・プロジェクト」の5人が出演。被爆までの様子や被爆3日後に電車復旧に尽力した状況などを、広電本社前を発着して約1時間にわたり熱演した。

この日は当時の女学生数人も鑑賞。藤井照子さん=福山市=は、広島駅前で発車させようとハンドルを回した瞬間に被爆。「電車を降りると、殆んどの家がぺちゃんこになって黒焦げの人が行き交い、地獄絵だった。もっと長く細かく演じて惨状を説明し、平和を訴え続けて欲しい」と話した。


posted by 御堂 at 23:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | 近現代
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