仙台藩志会会長や日本山岳協会最高顧問などを務めた伊達篤郎氏が26日午前1時、老衰のため仙台市泉区の自宅で死去した。96歳。大崎市(旧宮城県岩出山町)出身。葬儀・告別式は30日午後1時から仙台市青葉区、斎苑別館で。喪主は妻洋子さん。
仙台藩祖伊達政宗に繋がる岩出山伊達家に生まれた。旧制古川中(現古川高)、東京高等工学校建築工学科(現芝浦工業大学)卒業後、宮城県電気局などに勤めた後、仙台市職員となり、教育局次長、市博物館長を務めた。
昭和49年(1974)には瑞鳳殿再建期成会事務局長となり、瑞鳳殿の復興に尽力し、文化遺産の保存に貢献した。伊達政宗らの遺徳を伝える仙台藩志会の会長に長年就いていた。
この他、宮城県山岳連盟会長、日本博物館協会顧問など数々の要職を歴任し、それぞれの団体の育成や、指導に貢献した。仙台日伊協会副会長、みちのく伊達政宗歴史館名誉館長、シアトルとハワイ宮城県人会顧問なども務めた。
社会文化の興隆に功績があったとして、平成9年(1997)には旧岩出山町の名誉町民となった。「広瀬川」など映画の製作にも取り組んだ。
※岩出山伊達家は伊達政宗の四男・宗泰を始祖として藩領1万5000石を有していました。
一番知られているのは、10代目の当主・邦直ではないでしょうか!戊辰戦争にて伊達宗家=仙台藩が減封されるの伴い、岩出山伊達家も130俵に減封されました。
そこで、邦直は明治4年(1871)3月、岩出山伊達家の家臣団共々、蝦夷地開拓のために入植します。
そうして紆余曲折、幾多の苦難もありましたが、石狩郡当別(現当別町)に定住し、子孫は当別伊達家として暮らしているそうです。現在、現地には「当別町開拓の祖 伊達邦直主従移住の地碑」が建っているそうです。
また、この子孫の方は当別町の前町長をされていたそうです。まさに“おらが町のお殿様”=町長だったんですね。微笑ましい話です。
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仙台藩志会会長 伊達篤郎さん死去(河北新報2007-05-26)
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