| カテゴリ 古代

【小督の墓】【琴きき橋】清盛に引き裂かれた小督の恋 ―京都 千年の誘い(産経新聞2006-09-11)

小督塚 琴きヽ橋

12世紀、平清盛が権勢を誇っていた時代、琴の名手で美人の誉のたかかった高倉天皇女房小督こごうの悲恋の物語が始まった。

その小督を偲ぶ場所が、観光客で絶えず賑わう嵯峨・嵐山の渡月橋近くにある。1つは、渡月橋の袂、東側の「琴きヽ橋跡」の石碑、もう1つは、そこから桂川を西へ約10m程行った所の小督の墓。何れも、観光開発が進むこの地域で、かつての面影は次第に失われつつあるが、何とかその跡を留めている。

『平家物語』巻第6―小督には藤原隆房という恋人があったが、高倉天皇女房として宮仕えを始めると、天皇の寵愛を受けるようになった。ところが、これに怒ったのは平清盛高倉天皇中宮徳子(のちの建礼門院、壇ノ浦へ沈んだ安徳天皇を生む)と小督の恋人、藤原隆房の妻は何れも清盛の娘。

「小督があらんかぎりは世中よかるまじ」

その怒りに恐れをなした小督は身を隠す。そこが現在、墓の残っている辺りだったと云う。そして高倉天皇の命令で小督捜索に出た源仲国は、人の噂を聞きつけてこの辺りを探した。かつて仲国は宮中で、小督の琴に笛で合奏していただけに、その琴の音はすぐに聞き分けられる。遂に小督の琴の音を聞いて、隠れ家を発見したが、その琴の音を聞いた場所が「琴きヽ橋」だったという。

一度はこっそり高倉天皇の処へ連れ戻された小督も、また清盛に見つかってしまい、今度は尼にされて、この嵯峨の地で亡くなったという。賑やかな嵐山界隈ではとても想像できないが、石碑と綺麗に建て直された墓はいまも静かに悲恋を物語っている。

posted by 御堂 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 古代
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