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仕事は経理、小遣い6000円 東京で加賀藩士の家計簿見つかる 下級武士の暮らし伝え 磯田慶大非常勤講師が分析 2代37年、克明に記録(北國新聞2003-04-03)

幕末の武士は年収の2倍の借金に苦しみ、小遣いは現在の貨幣価値で月約6000円だった―加賀藩算用者さんようもの(経理係)、猪山直之・成之親子が37年間にわたってつけたいりばらい帳(家計簿)がこの程、東京で見つかった。この史料を紐解くと金沢城下の下級武士の詳細な暮らしぶりが分かるほか、明治維新後に海軍主計として活躍した猪山一族の隆盛から加賀藩士が日本の近代化に大きな役割を果したことが読み取れる。

入払帳を見つけたのは、近世武士の社会経済史を研究する慶応大学非常勤講師の磯田道史さん。磯田さんの分析によると、猪山家は江戸詰めの御算用者だった頃、年収の2倍にあたる借金を作った。先祖の手柄などで決まる禄高では江戸と金沢との二重生活を賄い切れなかったからだという。

天保13年(1842)、高金利に耐えられなくなった猪山家は家財を売り払い、借金を完済。「もう二度と借金を背負わない」という決心から饅頭1個を買っても記録する”完璧な家計簿”をつけ始めた。以来、明治12年(1879)まで親子2代が克明な記録を続けた。

家計簿からは、武家の婚礼、出産、葬儀などの儀式に伴う出費のほか、習字や算盤など子どもの教育にかなりの費用が必要だったことが分かる。

史料には、金沢の直之から江戸(東京)で暮らす成之への手紙も含まれており、「犀川の土手で泥鰌どじょうを焼いて売る士族が出現」「裕福な商人に武家の娘が嫁ぐ縁組が流行」など明治維新後の激変ぶりが生々しく記されている。

維新後、成之が優秀な経理マンとしての手腕を発揮し、海軍省で出世していくことについて、磯田さんは「当時、金沢の理数教育は非常に水準が高く、それが明治の近代化に大きく貢献した」とみている。磯田さんは分析結果を『武士の家計簿』としてまとめており、近く新潮社から刊行される。

◇類例がない長期の記録

県立歴史博物館の長谷川孝徳学芸専門員は「断片的な武士の家計簿はあったが、これほど長期の記録は類例がない。驚くべき新史料であり、地元研究者にも供することを望みたい」と話している。


posted by 御堂 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 近世
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