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来年の大河ドラマ 山本勘助の存在証明文書公開へ 釧路の板井さん所有(北海道新聞2006-06-27)

山本勘助の存在を証明する『市河文書』を手にする板井さん

武田信玄軍師とされ、来年のNHK大河ドラマ「風林火山」の主人公・山本勘助の存在を証明する『市河文書』が来年4月以降、大阪など全国3か所で公開される。この文書は釧路市内の会社社長が30年近く保管していた。

『市河文書』は信濃国(長野県)の豪族だった市河家に伝わったもので山形県の本間美術館のほか、釧路市の板井進さんが19点を所有する。

この中で注目されるのが、武田氏上杉謙信と5回にわたる川中島の戦いを繰り広げていた最中の
弘治3年(1557)のものとみられる書状だ。「市河藤若殿」宛てのその書状には「山本菅助口上候」という件りがある。一部の学者からは「勘助は実在しないのでは」と言われていたが、筆跡などから、この書状が存在を証明する資料となったという。

書状はNHKの関連会社が大河ドラマに関係する資料を展示するため貸し出しを要請した。展示のため、文書の確認に訪れた徳島市立徳島城博物館の須藤茂樹学芸員は「武家文書としては白眉」と話す。

今回の書状は昭和44年(1969)に釧路で市河家の子孫の家で発見。その後、板井さんが譲り受けた。武田信玄(当時は晴信)の花押がある書状を手に板井さんは「手に入れた後は外に出していないので、一般公開は初めてでは」と話している。

※(参考)→『市河文書』(北海道釧路市の公式サイト「文化財マップ」より)




※(参照)→「山本菅助」への信玄書状を発見 群馬県安中市の民家 褒美与える内容など2通(山梨日日新聞2009-05-01)
※(参照)→「勘助子孫」宅で古文書見つかる(東愛知新聞2007-12-15)
※(参照)→山本勘助の名が記された下知状を公開 入野谷講座で参加者の興味を惹く(伊那毎日新聞2007-04-29)
※(参照)→真偽は?揺れる評価 山本勘助を記録した『甲陽軍鑑』(朝日新聞2007-04-04)
※(参照)→『市河文書』公開へ、山本勘助の名も(釧路新聞2007-02-16)
※(参照)→山本勘助の実在証明する『市河家文書』初公開へ(山梨日日新聞2006-11-09)

posted by 御堂 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 中世
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