| カテゴリ 古代

青い目の人形:那智勝浦町文化財に 戦時中の苦難の時代、人々の良心が守る(毎日新聞2009-05-13)

◇将来は特別公開も

那智勝浦町は、昭和初期に米国から贈られ、町立宇久井小学校で保管される「青い目の人形」を、町文化財に指定した。県内では177体が小学校に贈られたが、多くが戦争中に「敵国の人形」として廃棄され、確認されているのは宇久井小の1体だけ。町教委は指定をきっかけに将来、地元の人たちに特別公開する事を検討している。

指定理由について町教委は「昭和初期の日米の友好と敵対の実態を示す。戦時中の苦難の時代にあって人々の良心により大切に守り受け継がれた貴重な有形民俗資料」とした。人形は、昭和2年(1927)3月、米国から日本の小学校や幼稚園に、1万2000体以上が贈られ、日米友好の証しとして歓迎された。だが、太平洋戦争が始まると殆んどが焼却されるなど、数奇な運命を辿った。

宇久井小では昭和47年(1972)頃、宿直室の押し入れから見つかった。以降、校長室に飾られている。高さ38・5cmで材質は頭部や腕がセルロイド、胴体は布製。頭髪の一部に損傷があるが比較的保存状態は良く、靴も当時のまま残っている。被服やスカーフは損傷が酷かったため、約10年前に新調されたという。

町教委によると、現在、全国で約300体が確認され、県内では同小の1体だけ。同校の川辺孝則校長は名刺に人形の写真を印刷するなど愛着を持つ。「人形の写真と由来を記したパネル3枚を作り、5、6年生の総合的学習で使っている。宇久井地区からは、嘗て米国に移住した人が多かった。人形が此処にあるのは縁を感じる。由緒ある品なので大切に保管したい」と話した。





posted by 御堂 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 古代
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