| カテゴリ 中世

悲劇の『照姫伝説』映す池 石神井公園(東京都練馬区)(憩いの名園)(東京新聞2009-05-02)

心地よい初夏の風に乗って、法螺貝と和太鼓の音が園内に響き渡る。石神井しゃくじい池に反射する目映い日の光を受け、煌びやかな姫らの行列が登場した。見守る来園者の数は十数万人。4月26日に開かれた「照姫まつり」は、石神井公園で最大のイベントだ。

しかし、その華やかな祭りの装いとは裏腹に、「照姫の伝説は悲劇に彩られているんですよ」と、公園を管理する東京都公園協会の三澤栄一さんは話す。

照姫は、現在の豊島、練馬周辺を支配していた石神井城主・豊島としま泰経やすつねの娘とされている。豊島家平安時代から続く南関東の名族だったが、室町中期に江戸城主・太田道灌と対立し、文明9年(1477)の江古田・沼袋原の戦いで敗れた。同年4月18日に石神井城は落城、照姫は池に身を投げた。

「毎年4月の終わりか、5月初めに、照姫が身を投げたとされる日を偲んで祭りが開かれるようになりました」(三澤さん)

祭りの主役である照姫と父、泰経夫妻役は住民の中からオーディションで選ばれた3人。公園周辺での行列を終え、園中央のステージで挨拶に立った照姫役の阿部友紀さんは「500余年の時を経て蘇った(照姫らの)姿を通して命の美しさを感じ取って頂けたら幸いです」と祭りの意味を伝えた。

行列では、照姫親子のほか、豊島氏の重臣とされる「石神井法貫」「板橋惣之介」「大泉忠憲」「滝野川種次」らの武将も登場。戦国の世に散っていったその名は、何れも周辺の地名に刻まれている。

公園が今に伝えるのは、そんな無常の歴史だけではない。照姫が眠っているとされる三宝寺池は武蔵野三大湧水池としても知られ、ヨシ、マコモといった水生植物が自然のままに繁っている。氷河時代の生き残りともいわれるミツガシワやカキツバタなどの植物も群生しており、戦前の昭和10年(1935)には「三宝寺池沼沢植物群落」として国の天然記念物に指定された。

ただ、自然遺産を保全するのは容易でない。「水の質や量を調整したり、外来魚を駆除したり、手入れは欠かせません」と公園サービスセンター長の樋口直行さんは強調する。

照姫まつりを見物していた杉並区の石井雅美さんは「子どもの頃、石神井公園の池は歴史と自然を包み込んでいるから輝いているんだと教えられました。今も大切な場所です」。そんな公園への感謝を口にする人は多い。



※(関連)→「照姫行列」で戦国絵巻再現 石神井公園で26日「まつり」(東京新聞2009-04-23)
※(関連)→艶やか照姫行列 練馬(東京新聞2007-05-14)

posted by 御堂 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 中世
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス: [必須入力]

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。