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山本勘助の実在証明する『市河家文書』初公開へ(山梨日日新聞2006-11-09)

◇来春開催の県立博物館特別展で

武田信玄軍師山本勘助実在を証明する唯一の史料『市河家文書』が、来春の県立博物館特別展「風林火山 信玄・謙信、そして伝説の軍師」(来年4月6日〜5月20日)で、全国に先駆けて初公開される事が決まった。

同文書信玄(晴信)が北信濃を支配していた豪族「市河藤若」に宛てた書状。信玄上杉謙信川中島合戦を繰り広げていた弘治3年(1557)に書かれたものとみられる。戦況を述べた後に、「山本菅助」を使者として送り、詳細を伝えさせるという内容が明記されている。信玄花押もある。

同文書は昭和44年(1969)、北海道釧路市の市河家の子孫の家で発見された。当時、勘助についての戦国時代の資料はなく「架空の人物」説もあったため、実在を示す第一級史料として話題になった。現在は同市の会社社長が所有しているが、これまで一般公開した事はない。

同館の西川広平学芸員は「勘助は謎が多いが、少なくとも武田家臣団『山本菅助』という人物がいた事を証明する貴重な史料」と話している。

同展は、来年のNHK大河ドラマ「風林火山」の関連企画。同文書のほか『山本勘助画像』『上杉家文書』(国宝)などを展示し、勘助の実像と伝説や、川中島合戦について紹介する。山梨を皮切りに新潟、大阪でも開催する。



※(参照)→「山本菅助」への信玄書状を発見 群馬県安中市の民家 褒美与える内容など2通(山梨日日新聞2009-05-01)
※(参照)→「勘助子孫」宅で古文書見つかる(東愛知新聞2007-12-15)
※(参照)→山本勘助の名が記された下知状を公開 入野谷講座で参加者の興味を惹く(伊那毎日新聞2007-04-29)
※(参照)→真偽は?揺れる評価 山本勘助を記録した『甲陽軍鑑』(朝日新聞2007-04-04)
※(参照)→『市河文書』公開へ、山本勘助の名も(釧路新聞2007-02-16)
※(参照)→来年の大河ドラマ 山本勘助の存在証明文書公開へ 釧路の板井さん所有(北海道新聞2006-06-27)

posted by 御堂 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 中世
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