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福島正則の若き日の姿見つかる 清洲城主務めた戦国武将(中日新聞2009-04-26)

新たに見つかった福島正則の肖像画

戦国武将福島正則肖像画が、古里の美和町内の旧家から見つかった。福島家江戸初期に御家断絶となった影響から、現存する肖像画は少なく、これまで全国で3点しか見つかっていない。5月1日から町歴史民俗資料館で始まる「郷土の戦国武将展」で初公開される。

正則は、幼少から豊臣秀吉に仕え、清洲城主広島城主を務めたが、元和5年(1619)に城の石垣を幕府の許可なく直した罪で信州川中島に減封。その後、御家断絶となった。

見つかった肖像画は甲冑姿。胴には、福島家の家紋である桐が描かれ、鹿の角を付けた兜を被っており、関ヶ原の合戦で東軍先鋒を務めた荒々しさが表現されている。

調査した鎌倉崇志学芸員によると、画材などから幕末から明治期に描かれたとみられ、若々しい表情が特徴。床几しょうぎに腰掛けた姿などから、菩提寺である同町二ッ寺の菊泉院に残る肖像画を模写した可能性があるという。

鎌倉学芸員は「戦国武将肖像画が今になって見つかるのは珍しい」と話す。郷土の戦国武将展は6月末まで。5月3日〜7日は休館。入場無料。
※(参照)→吉田城石垣の刻印末裔が確認(東海日日新聞2007-06-03)
※(参照)→福島正則の検地帳を初公開(中国新聞2007-03-16)


posted by 御堂 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 中世
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