◇史料にない4城も“発見”
舞鶴や宮津、福知山市に残る135の戦国時代の
研究会は平成16年(2004)1月、歴史好きの会社員や主婦らが集まり発足した。メンバーは月1回遺跡地図を基に山に登り、頂上部の「曲輪」や、敵の侵入を防ぐための深さ数mの溝「堀切」など、山城を構成するパーツを測量。等高線を利用し図面にまとめた。結果は舞鶴市教委に報告した。
この作業と並行し、独自に立地から判断した調査で新たに4城を見つけた。同会は「舞鶴や宮津、福知山市で、130城以上の山城が確認できたが、これは付近の市町村に比べ群を抜いて多い。武将だけではなく、村人が自分たちの身を守るために作ったのではないか」と分析している。
同会の広瀬邦彦会長は「力を持った武士の居城は残るが、土着の武士の生きた証しは残り難い。山城はそれを今に伝えてくれる」と話している。舞鶴の各図書館や舞鶴市郷土資料館などで閲覧できる。問い合わせは同資料館へ。
※(関連)→○山城135 図面紹介の冊子作成 舞鶴の研究会 完売で増刷検討(京都新聞2009-04-15)
※(関連)→○舞鶴山城研究会、踏査の成果を1冊の資料集に(舞鶴市民新聞2009-02-17)
| カテゴリ 中世へ
山城:135の戦国時代の山城踏査 舞鶴の研究会が報告書発刊(毎日新聞2009-04-14)
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/117929519
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。
この記事へのトラックバック
http://blog.seesaa.jp/tb/117929519
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。
この記事へのトラックバック