| カテゴリ 近現代

姉川地震、防災学ぼう 発生から100年 琵琶博で企画展(京都新聞2009-04-26)

姉川地震の災害記録写真に魅入る来館者たち

草津市の琵琶湖博物館で25日、明治42年(1909)に県北部の姉川付近で発生した姉川地震や、地震防災の取り組みを紹介する「100年前の大地震―姉川地震に学ぶその備え」が始まった。

地震の発生から100年となる事から、防災意識を高めてもらおうと、同館と県が企画した。姉川地震では、地震の規模を示すマグニチュードは6・8で、岐阜県を含め41人が死亡、約2400戸が全半壊した。

倒壊した民家や寺社の様子を撮った災害記録写真や地震の調査報告書、地震の起きる仕組みなどを解説したパネル約130点を展示しているほか、耐震シェルターや浄水装置など防災グッズも出品している。6月7日まで。無料。



※(関連)→姉川地震に学べ!!(滋賀報知新聞2009-05-10)
※(関連)→100年前の「姉川地震」振り返る 琵琶湖博物館で資料展(中日新聞2009-05-10)
※(関連)→企画展:姉川地震を振り返る 地震を知って震災に備える―県立琵琶湖博物館(毎日新聞2009-04-28)

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| カテゴリ 中世

福島正則の若き日の姿見つかる 清洲城主務めた戦国武将(中日新聞2009-04-26)

新たに見つかった福島正則の肖像画

戦国武将福島正則肖像画が、古里の美和町内の旧家から見つかった。福島家江戸初期に御家断絶となった影響から、現存する肖像画は少なく、これまで全国で3点しか見つかっていない。5月1日から町歴史民俗資料館で始まる「郷土の戦国武将展」で初公開される。

正則は、幼少から豊臣秀吉に仕え、清洲城主広島城主を務めたが、元和5年(1619)に城の石垣を幕府の許可なく直した罪で信州川中島に減封。その後、御家断絶となった。

見つかった肖像画は甲冑姿。胴には、福島家の家紋である桐が描かれ、鹿の角を付けた兜を被っており、関ヶ原の合戦で東軍先鋒を務めた荒々しさが表現されている。

調査した鎌倉崇志学芸員によると、画材などから幕末から明治期に描かれたとみられ、若々しい表情が特徴。床几しょうぎに腰掛けた姿などから、菩提寺である同町二ッ寺の菊泉院に残る肖像画を模写した可能性があるという。

鎌倉学芸員は「戦国武将肖像画が今になって見つかるのは珍しい」と話す。郷土の戦国武将展は6月末まで。5月3日〜7日は休館。入場無料。
※(参照)→吉田城石垣の刻印末裔が確認(東海日日新聞2007-06-03)
※(参照)→福島正則の検地帳を初公開(中国新聞2007-03-16)


posted by 御堂 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 中世

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